TOP > Pua Mae ‘Ole Hula Studio 日記 > ハワイ王国・後期
7代目のカラカウア王の時代、砂糖産業が益々繁栄していくと同時に西欧人主体の経済界の力が強まり、1887年王権を制限する改正憲法に署名を強いられます。
米国への併合を求める親米派の動きが強くなり、王権を維持するのが難しくなっている最中、体調を崩したカラカウア王はサンフランシスコで療養中の1891年に亡くなりました。
兄の死を受け急遽8代目の女王になったリリウオカラニは、ハワイアンの人々の復権を求めて新憲法を発布しようとして阻止され、女王の邸宅から武器が見つかったという事で、共和国政府により逮捕されてイオラニ宮殿に8カ月間幽閉されました。
リリウオカラニが王位を退いて暫定政府が樹立され約5年間、ハワイは共和国として存続しましたが、1897年に共和党のマッキンリーが米国大統領になるとハワイ併合法案に署名するに至り、1898年8月イオラニ宮殿でハワイ国旗が降ろされ星条旗が掲げられたのです。
カメハメハ大王が統一したハワイの島々は、アメリカ合衆国の領土に変容していきました。